【論文発表】「見つけて、取る。」――外来カミキリムシを卵の段階で防除する
外来カミキリムシの一種、サビイロクワカミキリ(Apriona swainsoni)を対象とした研究論文が、ようやくオンライン公開されました。
筆頭著者のAさんの力作で、私は研究の進め方や調査方法についてのアドバイス、調査補助、原稿執筆といった側面から関わっており、論文の窓口である責任著者(corresponding author)をやらせてもらっていました。

…ようやく、と書いたのには理由があります。
今回の論文、投稿してから初回の査読が完了するまで、8か月半もかかったのです。
カレンダーでいえば、去年の11月下旬に投稿して、今年の8月上旬まで。
査読というのは、投稿された論文について、同じ分野の専門家が実験データやその取得方法、解釈などをチェックする仕組みです。
昆虫学分野の論文の場合、雑誌によってもちろん違いますが、初回の査読結果が出るまで2か月前後、というのが私の感覚です。
もちろん、もっと早いこともありますし、逆に時間がかかることもあります。
とはいえ、今回の8か月半は、私にとって過去最長記録でした。
ちなみに、これまでの最長記録は3か月ほど経っても審査結果が返ってこないので編集部に問い合わせたところ、どうも担当編集者のところで査読に進んでいなかったらしく、最終的には編集者の判断でリジェクト(掲載不可)という、なかなか残念な経験でした。
「この3か月はいったい何だったんだ…」と思ったものです。
しかし今回の場合は、編集者の先生はがんばってくれていたのです。
投稿から3か月ほど経った頃から、編集部とのやりとりが始まりました。
責任著者としては、審査結果を心待ちにしているAさんのためにも、論文審査の進捗はできるだけ把握しておきたいところです。
私の過去の体験のように、査読が進んでおらずいたずらに時間だけを浪費したというような事態は避けなければなりません。
それに、査読が終わってみないと、文章の書き方を修正するだけで良いのか、あるいは追加実験が必要なのかが分かりません。
特に今回のような野外研究では、もし追加の野外試験が必要なら、次のシーズンに間に合わせるためには早めに準備しなければならないという事情があります。
そこで、1か月に1度くらいのペースで、
「次シーズンの野外調査を計画する上で、追試が必要かどうか判断する必要があるので」
とか、
「外来カミキリムシ防除のため、研究成果の普及を急ぐ必要があるので」
など、切実な理由を添えながら、進捗を確認していました。
すると、最初のうちは、
「現在査読中です。査読が完了次第、ご連絡します」
といった、いわば定型的な回答が返ってくるばかりで、
こちらとしては、
「いや、査読中なのは分かっているんですよ…」「このやりとりはいったいいつ終わるのだろう」という気持ちだったのですが…
冷静なAIの助けも借りて、気持ちを静めて丁寧なやりとりをしていました。
あるとき、担当編集者の先生から直接ご連絡をいただきました。
そして分かったのが、「査読者を探すのが本当に難しい」ということでした。
ここから先は、今回の経験を通して私が考えたことです。
近年、査読の速さを売りにした学術誌が増えています。
その一方で、こうした速さが売りの雑誌では、迅速に査読を進めるため、編集部がかなり多くの研究者に査読を依頼することもあるようです。
その結果として、研究者の側には、査読依頼のメールがかなりの頻度で届くようになります。
私自身も、査読依頼はかなりの頻度で受け取ります。
もちろん、研究者として自分も論文を書き、他の研究者に査読してもらっている以上、できるかぎり査読には協力したいと思っています。
しかし、査読は基本的に本務とは別に行うボランティアです。
本業として研究以外にも行政対応、講義、普及活動などをこなしながら引き受けることになるので、届いた依頼をすべて引き受けるのは現実的には難しい。
一定以上の依頼は断らざるを得ません。
すると、ちょっと皮肉なことが起こります。
査読を依頼する側からすると、査読者は早く、確実に確保したい。
一方、査読を依頼される側からすると、増え続ける依頼のすべてには対応できない。
そうなると、学術誌の間で、限られた査読者をめぐる「争奪戦」のような状況が生じているのではないかと思います。
編集者が査読者候補を一人ずつ丁寧に探して依頼し、断られればまた次の候補者を探して…というやり方では、どうしても時間がかかります。
一方で、迅速な査読を実現するために、最初から多数の研究者に査読依頼を出して、その中から引き受けてくれる人を確保する、という方法もあり得ます。
どちらが実際に効率的なのかは、私には分かりません。
ただ、もし学術誌の間でこのような競争が起きているのだとすれば、「丁寧に査読者を探しているのに、なかなか査読者が見つからない」という編集者ほど、苦しい立場に置かれることになります。
今回、担当編集者の先生から「査読者を探すのが本当に難しい」と聞いて、私はこの問題をかなり身近なものとして感じました。
専門分野が細分化されている研究では、そもそも「この論文をきちんと査読できる人」の母数がそれほど多くありません。
その限られた専門家たちに、様々な学術誌から査読依頼が届く。
そして、依頼を受ける側にも、対応できる量には限界がある。
そう考えると、「査読が遅い=編集者が仕事をしていない」では必ずしもないのだな、と今回かなり実感しました。
…とはいえ、8か月半は、待つ側としては、やっぱり長いですけどね(笑)
幸い、最終的に査読結果が出てからは比較的スムーズに進みました。
修正に対応し、無事アクセプト。
そして今回、ようやくオンライン公開となりました。
長かった…。
辛抱強く待ってくれたAさんや共著者のTさん、論文審査を進めてくださった編集者の先生、そして実際に査読を引き受けてくださった専門家の方々には、改めて感謝したいと思います。
さて、ようやく本題です。
今回の研究対象であるサビイロクワカミキリは、生きた木の内部に幼虫が入り込んで木を食害するアジア大陸原産の外来カミキリムシです。
カミキリムシ類の防除で厄介なのは、幼虫が木の中に入ってしまうと、防除が難しくなることです。
どこに潜んでいるのかが分からない上に、幼虫に直接薬剤を届けたりすることができないからです。
そこで今回、少し発想を変えてみました。
つまり、幼虫ではなく、卵の段階を狙うという考え方です。
サビイロクワカミキリのメス成虫は、樹皮を少し傷つけて、その上に卵を産み付け、さらに卵を分泌物でドーム状にコーティングした産卵マウンドを作ります。
樹皮と似た色になりますが、1 cmほどと大きく、探し当てることができます。
そこで、産卵マウンドを探して、マイナスドライバーで樹皮からはがし、物理的に除去する。

やっていることは、かなりシンプルです。
もちろん、実際の野外でこれを効率よく行うには、産卵マウンドとはどのようなものか覚えて見つけられるようになる必要があります。
それでも、薬剤を散布したり、特殊な装置を使ったりする方法とは違って、基本的には「見つけて、取る」という、特別な薬剤や機器を必要としない物理的な防除です。
今回の研究により、少し慣れれば、推定除去率97%以上を達成できることも分かりました。
そこで、この方法が実際に翌年の幼虫発生を減らせるのか、野外で試験しました。
その結果、卵が産み付けられた部分を物理的に除去することで、翌年に確認された幼虫の活動指標であるフラス排出箇所数を、除去しない木に比べ69.4%減少させることができました。
つまり、幼虫を木の中から退治するのではなく、木に入る前に取り除くことで、かなり大きな防除効果が得られることを示すことができました。
しかも、卵を狙っているのは人間だけではなかった!
今回の調査では、もう一つ興味深いことが分かりました。
産卵された木を観察していると、アリ類やヨコヅナサシガメといった天敵が産卵マウンドを襲って捕食していることが確認されました。
つまり、自然界では、人間が防除を始めるより前から、
「その卵、いただきます」
という生き物たちがいるわけです。
こうした天敵による捕食も、カミキリムシの個体数を抑える要因の一つになっている可能性があります。
アリ類に襲われた産卵マウンドには特徴的な破壊痕ができることが分かったので、数えてみると、なんと19.0%もの産卵マウンドが、産み付けられてから1週間以内にアリによる捕食を受けていることが分かりました。


じつは私は5年ほど前にクビアカツヤカミキリの卵を在来アリ類が捕食しているのではないかという論文を発表していました(Sunamura et al. 2020)。
このときは室内実験でアリ類がクビアカツヤカミキリの卵を餌と認識して食べること、野外調査でアリ類がたくさん活動しているサクラの木ではクビアカツヤカミキリの寄生が少ない傾向があることを示しました。
ただ、実際にアリ類が野外でクビアカツヤカミキリの卵をどの程度捕食するのかは明らかにすることができず、他の研究者からは、本当に天敵として機能しているのかは疑わしいという批判も受けました。
今回のサビイロクワカミキリの調査結果は、少なくとも今回の調査地では、アリ類が外来カミキリムシの卵の重要な天敵となっていることを直接的に示すもので、個人的に感慨深いものがあります。
しかも、サシガメがカミキリムシの卵を襲うなんて、これまで聞いたことがなく、あらためて過去の文献を調べてみても、そのような情報は見当たりませんでした。
サシガメは吸血性のカメムシの仲間で、実際のところは、卵を襲っているというより、産卵マウンドの中で孵化したての幼虫を襲っているのかもしれません。
サシガメが産卵マウンドに鋭い針状の口を刺している現場をおさえ、産卵マウンドをはがしてみると、血を吸われてしぼんだサビイロクワカミキリの小さな幼虫が見つかりました。


今回の研究成果は、福島県郡山市内の造林地1箇所で1~2年でAさんが中心となって取得したものです。
科学研究では、複数の場所で、何シーズンか継続して調査することにより、確からしいデータを得るのがのぞましいです。
その観点からは、さらなる検証が必要であり、査読者からもその点を論文中でしっかり明記するよう、指摘がありました。
もちろん、その通りではあるのですが、Aさんが7月~10月頃にかけ毎週調査地に通い、通算5,844個の産卵マウンドを観察したというのは、相当な努力量と思います。
この研究について、共著者のTさんから、
「誰でもできる物理的な防除で高い防除率が達成できるというのは、実用的でとてもいい論文」
というコメントをもらいました。
まさに、この点は今回の研究の重要なところだと思っています。
今回のような「見つけて、取る」という方法は、別の場所でも応用できる可能性が十分あると思います。
一方、別の場所で調査すると、今回の造林地とは異なる卵の天敵がいるかもしれません。
…そんなことを考えながら投稿した論文が、査読に8か月半。
正直、途中では「本当に公開される日が来るのか」と思ったりもしました(笑)
それでも、編集者の先生が真摯に対応してくださり、最終的には論文として発表することができました。
というわけで、8か月半熟成された、サビイロクワカミキリの生態、物理的防除、生物的防除が複雑かつまろやかに絡み合った論文です。
外来カミキリムシの生態や防除に関心のある方には、ぜひ読んでいただければと思います。
論文へのリンクはこちらです。



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